à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

転移に関する発言

Lacan, J. Intervention sur le transfert, 1951

一九五一年、通称ロマンス語精神分析会議で口述された*1
 

[E215]ここではまだ、主体という用語に耳をなじませている段階である。私たちに〔この発言の〕機会を与えてくれた人物の名前は伏せておくが、そうすることで、以下においてその人物を際立たせているすべての箇所を参照することを避けることができる。

症例ドラにおけるフロイトの側の問題について、もう片がついていると考えたい向きもあるだろう。しかし、ダニエル・ラガーシュによってこの表題のもとで呈示された報告を端緒とする私たちの努力によって転移の研究が再開されるなら、その問題は純益をもたらすだろう。その報告における新しい考えは、転移をツァイガルニク効果*2によって理解するということであった。精神分析に弁明が不足しているようにみえた時代においては、上手になされたうまい考えであった。

名前を挙げられていない同僚は、その報告の著者の見解を再訪して、転移はこの効果において喚起されるとすることで満足してしまっていたので、私たちは精神分析の話をするのがよいと考えた。

私たちは抑えておく必要があった。というのは、転移についてそれ以来私たちが発言することができた数多くのことをここで先取りしていたからである(一九六六年の追記)。
 

私たちの同僚B…*3は、ツァイガルニク効果は転移を決定するというよりも、転移によって生じているように見えるという見解によって、心の技術の経験に抵抗の事実とも呼べるものを導入しました。その事実の射程は、人間的なものであるかぎりにおいての個人のあらゆる反応における主体から主体への関係の優位性や、個人の素質の検査における――この検査が責務や状況の条件によって定義されているかどうかにかかわらず――[E216]この関係の支配を強調することにあります。

精神分析経験に対しては、主体から主体へというこの関係のなかでその一切が展開しているのだと理解しなければなりません。そのことによって意味されているのは、精神分析経験は、個人の何らかの特性を客観化するものとして考えられるいかなる心理学にも還元することのできない次元を保持しているのだということです。

実際、精神分析ではまさに、ひとつのディスクールによって主体が構成されるのであって、そのディスクールにおいては、単に精神分析家が現前しているだけで、なんの介入を行わなくても対話の次元がもたらされます。

慣習として用いられている〔分析の〕規則がこのディスクールの原理にどのような無責任さを、はたまたどのような非一貫性をもたらそうとも、それが何らかの閉塞を打開することを請け合うための水力技師の作為(ドラの観察を参照、p. 15)*4にほかならないことは明らかであり、また、その流れが自らに固有の、そして真理と呼ばれるところの重力の法則に従わなければならないことも明らかです。この真理こそまさに、ディスクールが現実に導入する、この理想的な運動の名前なのです。つまり、精神分析はひとつの弁証法的経験であること――この考えは転移の性質について問いを立てるときに優先されなければならないのです。

私の意図に従うと、この意味において、私はひとがどのような命題に到達しうるかということの一例をお示しすること以外の目論見をもっていません。しかし私はまず、いくらかの注釈を――理論的練り上げについての私たちの努力の現在の方向性にとって喫緊の課題であるように思われる注釈を――行おうと思います。その注釈は、私たちが生きる歴史の瞬間と、それに劣らず私たちがもっている伝統とが私たちに課する責任にかかわるかぎりにおいてなされるのです。

精神分析弁証法的なものとして企てることが、私たちの考察に特別な方向性として提示されるべきであること――私たちはこのことのうちに、無媒介に与えられる誤認を、さらにはそこ〔=分析〕ではパロールだけが用いられているという常識に属する事実の誤認〔=無視〕を認めることができないでしょうか? そして、心理学的な操作においては、〔患者の〕行動がもつ「言葉を話さない」という特徴の〔非言語的な〕機能に特権的な注意が払われているわけですが、そこには主体〔=患者〕は〔観察される〕対象にすぎないという観点を分析家が好んでいることを認めることができないでしょうか? もしこのような誤認が実際にあるのだとすれば[E217]、私たちは、類似したケースにおいて実施されている技法にもとづいて、その誤認を問いたださなければなりません。

心理学が、そして心理学とともにあるすべての人間科学が、不本意ながらも、あるいは知らないうちに、精神分析に由来する概念によって自らの視点を根本的に変化させているまさにそのときに、精神分析家の側では私がこういった用語で表明しておいた反対の動き〔=言葉ではなく客観的な行動を重視する動き〕が生じているのだ、と私が考えていることはお分かりでしょう。

フロイトは、語る病があることを私たちに示し(これはヘシオドスの場合とは異なります。というのも、ヘシオドスにとっては、ゼウスによって送り込まれた病が沈黙のうちに人間を襲うのですから)、その病が語ることの真理を私たちに聞こえるようにした責任を負っていますが、この真理は、歴史のある瞬間や制度の何らかの危機との関係が明らかになるにつれて、その真理の技術を生きながらえさせようとする実践家たちに、ますます恐怖を与えてしまったようです。

それゆえ私たちが見るところ、彼らは、敬虔主義から自然主義の教養課程の全範囲を経て最も低俗な効率主義の理想に至るさまざまな形式の下で、人間存在を物象化する心理学主義の一翼に逃げ込もうとしているのであり、その悪事のもとでは物理学者の科学主義が取るに足りないものになってしまうでしょう。

というのも、それは、分析によって示された原動力の力そのものに比例して、新たなタイプの人間疎外にほかならないものが現実に出現することになるからです。それは集団的な信念の努力だけでなく、儀式を形成する射程をもつ技術の選択活動のせいでもあり、簡潔に言うなら、私がその危険性を告発しているところの心理学的人間(homo psychologicus)という疎外のことです。

私はこの点に関して、その〔心理学的人間の〕でっちあげに魅了されるに身を任すのか、それともフロイトの仕事を再考することによって、彼のイニシアティヴの真正な意味とその救済的価値を維持する手段を取り戻すことができないだろうか、という問いを立てます。

ここではっきりさせておきたいのは――もしそうする必要があるのならですが――これらの問いは、決して私たちの友人ラガーシュのような仕事に向けられたものではないということです。技法における慎重さ、プロセスにおける気配り、結論における開かれ、私たちにとっては、こういったもののすべてが、私たちの実践(praxis)と心理学のあいだに保たれている距離の一例なのです。私は症例ドラについて実際に論じてみたいと思います。それは、この症例は転移がまだ新しい経験であるなかで呈示されており[E218]、分析家が転移において自らの場を絞めることをフロイト*5が認めた最初の症例であるからです。

このドラの症例が、フロイトによって弁証法的反転(renversement dialectique)の連続という形で提示されていることを強調した人がこれまでひとりもいなかったということは、驚くべきことです。ここで問題になっているのは、フロイトがここで決定的な仕方で定式化している素材に対する配置の技巧――すなわち、その現れが患者の思うがままに委ねられるということ――ではありません。問題なのは、主体に対して真理が変換される構造のスカンシオンであり、そのスカンシオンは、主体の物事の理解に及ぶだけでなく、主体としての自らの位置それ自体――その機能が主体の「対象」であるという――にも及びます。こうした提示の概念は、主体の進行と同一であり、いわば治療の現実と同一であると言えましょう。

ところで、これは初めてフロイトが、その上に至ると分析が挫折してしまう障害物という概念を転移という用語で伝えた機会でした。このことだけでも、失敗の瞬間を構成した弁証法的関係に手をつけるという私たちの検証は、少なくとも、起源への回帰の価値をもつことになります。そこで私たちは、純粋な弁証法の用語をつかって転移――この主体においては陰性転移だといわれている転移――を定義してみようと思います、つまり解釈を行う分析家の操作として定義してみようと思います。

それでも、この瞬間に導いたすべての局面をたどり、その瞬間の輪郭を蓋然的な予測――この症例の資料において、完全な出口がどこに見出されえたのかを私たちに示してくれるような予測――の上に描かなければなりません。私たちは、以下のようなことを見出します:

第一の展開は、真理を断言するレベルにまで私たちを直ちに導いてくれるという点で模範的なものです。実際、ドラは、フロイトを――彼もまた父性的人物のように偽善者という一面をもっているのだろうかと――試した*6後、記憶のファイルを開き、自らの論告求刑にとりかかります。その厳密さは、神経症に固有の伝記的な不正確さ*7とは好対照をなしています。K夫人と彼女の父は、何年も前から恋人同士であり、そのことをときに馬鹿げた作り話で隠蔽していました。しかし、極めつけは、ドラが無防備にもK氏の関心を引き、そのことについてドラの父は目をつむり、ドラを耐え難い交換の対象にしていたことでした。

フロイトは、社会において嘘がまん延していることについてあまりに通暁していましたから、[E219]たとえフロイトが全幅の信頼を置かねばならないと思っている相手〔=K氏〕の口から出た嘘であっても、嘘に騙されることはありませんでした。したがって、フロイトはこの嘘に関する共犯の嫌疑を患者の心からやすやすと取り除くことができました。しかし、この展開の終りに彼〔=フロイト〕は例の質問に直面することになるのですが、これは治療の初期にはよくあるタイプの質問です。つまり、「事実はこれこれです。これは現実〔の問題〕のせいで起こっていることであって、私のせいで起こっているのではないのです。それなのに、あなたは一体そのなにを変えようというのですか?」*8という質問です。これに対して、フロイトは次のように答えます。

第一の弁証法的反転、それは「美しき魂」、すなわち世界に対して心の法の名の下に反逆する者の要求事項についてのヘーゲル流の分析に、けっして引けを取らないものです。フロイトは、「あなたが嘆いているそのゴタゴタのなにがあなた自身なのか、よく考えてみなさい」(p.32)*9と彼女に言うのです。そこから次のことが明らかになります:

第二の真理の展開、つまり、単に彼女が沈黙しているということによってではなく、ドラ自身の共謀によって、ひいては彼女の抜かりのない庇護によってこそ、その〔父親とK夫人という〕二人の恋人同士の〔不倫〕関係が続くことを可能にしたフィクションがそのままであり続けられているのだ、ということが明らかになります*10

ここでわかるのは、K氏の側から〔性の〕対象になるような言い寄りにドラが参加しているということだけでなく、四人組(カドリーユ)の他のパートナーたちに対するドラの関係が、性的奉仕の不足を補うための貴重な贈り物の巧みな循環に巻き込まれているという事実から新しい光があてられていることです。この循環は、彼女の父親から始まり、K夫人に向けて宛てられ……K氏のところで利用可能になることによって患者のもとに戻ってくるのですが、最初の供給源から直接彼女にもたらされる気前の良さを害することなしに、並行的な贈与の形式の下で行われています。この贈与は、ブルジョア男性が、自らの非を認めて謝罪するという類のものを、正妻に対する財産の配慮をもってなされる償いに結びつけようとする古典的なやり方です(ここでは、妻という人物の存在が、この交換の連鎖の側面的な連結に縮小されていることに注意していただきたい)。

それと同時に、ドラにおけるエディプス的関係が父への同一化によって構成されていたことが明らかになります。その同一化は、父の性的不能によって促進されたものであり、それ以外の点では父が金持ち(fortune)であるという優越と同一のものとしてドラに経験されていました。このことは、「役に立つ(デキる)(Vermögen)」という「金持ち(fortune)」に対応するドイツ語の意味が可能にする無意識的なほのめかし〔=役立たず(デキない)〕によって暴露されます*11。[E220]実際、この同一化は、ドラが呈したあらゆる転換症状のなかに透けてみえますし、その同一化の発見が、それらの症状の多くの解消の口火を切ったのです。

そこで次のような疑問が生じます――このような基礎の上で、ドラが父の恋愛関係に対して突然示したやっかみ(jalousie)*12は何を意味しているのでしょうか? このやっかみは、このような優勢な形で現れているのですから、彼女の動機をはみ出すような説明を必要とします(p. 50)*13。ここに、次のことが位置づけられます:

すなわち、第二の弁証法的反転が。この反転はフロイトが次のような指摘によって生じさせたものでした――やっかみの対象とされているものは、そのやっかみに真の動機を提供しておらず、ライバル―主体の人物への関心を覆い隠しているのであり、共有の言説に上手に回収することのできないという性質をもつその関心は、逆転された形でしかそこで表現しえないのだ、と。ここから、次のことが生じます:

第三の真理の展開: K夫人(…「彼女の身体のうっとりするような白さ」)に対するドラの魅惑的な愛着*14、K夫人とその夫〔=K氏〕の関係の状態についてドラがここまで聞いていたどこまでが本当かよくわからない打ち明け話、彼らが見事な手順で自らの交換をドラの父のところにある自らの欲望の相互的な使節にしたという明白な事実。

フロイトは、この新たな展開が導いてくれる問いを垣間見ていました。

そういうことなら、もしこの女性〔=K夫人〕について、あなたが所有権の剥奪をそれほどまでに痛ましく経験しているのであれば、さらには陰謀や退廃の一部をなしているとして――今やすべてはあなたが嘘をついているとして片付けられようとしているのです――あなたを裏切った彼女のことをどうして恨まないのでしょうか? この忠誠心――あなたがたの関係のもっとも深い秘密をあなたに守らせている忠誠心――の動機は一体何なのでしょうか?(つまり、まさにK夫人の非難それ自体においてすでに見出すことのできる性的なイニシエーションがその動機である……)。この秘密によってこそ、私たちは実際に次のことに導かれるのでしょう:

第三の弁証法的反転は、ドラにとって…K夫人が対象であることの現実的な価値を私たちに知らせてくれます。言い換えるなら、K夫人はひとりの個人であるのではなく、ひとつの謎であり、ドラ自身の女性性の謎、つまり彼女の身体的な女性性の謎であるということです*15。そのことは、症例ドラの提示の第二部をなす二つの夢の研究のうちの二番目において覆いなしの状態で現れているとおりです。[E221]この夢については、その解釈がどれだけ単純化されているものであるのかを理解するために私たちの注釈とあわせて参照していただくようお願いします*16

すでに私たちの手に届くところに、里程標が現れています。その里程標の回りを、最後にその軌道を裏返すために、私たちの山車が回転するはずです。それは、ドラが幼児期から手に入れていたもっとも遠いイメージです(このような分析が中断した例であっても、すべての鍵はつねにフロイトの手中にあったのではないでしょうか?)。おそらくまだ乳児だったドラはまさに、左手で自分の親指をしゃぶり、右手で一歳半年上の兄の耳を引っ張っていました(pp. 47, 20)*17

ここにあるのは、ドラが生涯にわたって展開したすべての状況が流れ込む想像的な型(matrice imaginaire)であるように思われます――フロイトには当時まだ現れていない反復自動症という理論の見事な例証です。この型において、彼女にとって今や女と男が何を意味しているのかを推し測ることができるでしょう。

女性は、原初的な口唇的欲望から切り離すことのできない対象であるにもかかわらず、その欲望のなかに自らの性器的な性質を認識することを学ばなければなりません(K氏が不在の際に生じたドラの失声症(p. 36)*18の決定因が、ドラがK夫人と「二人きり」になったときの性愛的な口唇欲動の激しいアピールを表していることをここでフロイトが見逃していることに驚かれることでしょう。フロイトは、父が受け身になるフェラチオの知覚を思い起こす必要はなくとも(p. 44)*19、ともあれ、クンニリングスが力が衰え始めた「裕福な〔=やり手の〕紳士たち」(messieurs fortunes)が最もよく採用する技法であることは誰もが知っているのです)。自分の女性性のこのような承認(reconnaissance)にたどり着くためには、女性は自分の身体の引き受けを実現しなければならなくなるのですが、もしそれが実現しなかったとすれば、転換症状を生み出す、機能の寸断状態のままに留まることになってしまいます(鏡像段階の理論についての報告を参照のこと)。

さて、彼女は、この〔女性性への〕アクセスの条件を実現するために、唯一の媒介手段しかもっていません。それは〔ドラの〕原初的なイマーゴが私たちに提示してくれるものであり、それは彼女に対象への開示を提供してくれます。すなわち、男性のパートナー〔であるK氏〕であって、そのパートナーとの年齢差ゆえに、ドラは原初的な疎外――主体が自らをとして承認する疎外――のなかに自らを見出すことができたのです。

さらに、ドラは、フロイト自身に同一化しつつあったのと同じように、[E222]K氏に同一化していました(ドラが二人の男性に属する煙の匂いに気づいたのが「転移性の」夢から目覚めたときだったという事実は、フロイトが言うように(p. 67)*20、より深く抑圧された何らかの同一化を問題にしていたのではなく、この幻覚が自我への回帰の薄明の段階に対応することを示しているのです)。そして、彼女の二人の男性との関係のすべては、攻撃性を示すようになります――私たちはここにナルシシズム的な疎外に特有の次元を見ることでしょう。

したがって、フロイトが考えているように、父に対する情熱的な復権要求への回帰は、K氏とのあいだで荒削りな仕方で描かれた関係と比較すると、ひとつの退行を意味することはたしかなことです。

しかし、この称賛――フロイトは、その称賛がドラにとって救済の力能をもっていることを垣間見ています――は、ドラが自分自身を欲望の対象として受け入れることができたときにはじめて――つまり、ドラがK夫人のなかに探し求めていたものの意味を、ドラが探究しつくしたあとではじめて――欲望の出現として彼女によって受け取られることができたものであったのでしょう。

これはまた、すべての女性に言えることでもあり、最も基本的な社会的交換(ドラが反抗の申立書において定式化した交換そのもののこと〔=親族の基本構造としての女性の交換〕です)のまさに基礎にある理屈のためでもあるのですが、彼女がおかれている条件の問題は、その根本において、男性の欲望の対象としての自分を受け入れるということにあり、ドラがK夫人を偶像化する動機となっている謎はそこにあります。マドンナの前で長いあいだ瞑想すること*21とまったく同じですが、ドラが遠く隔たった礼拝者の役割を引き受けることで、この謎は、キリスト教がこの主体の袋小路に対して提示した解決策へと――つまり、女性を神的な欲望の対象あるいは欲望の超越的な対象(この二つは等価です)にする――解決策へとドラを駆り立てているのです。

したがって、もしフロイトが第三の弁証法的反転において、ドラのK夫人との関係の究極の秘密を告白させることによって、ドラにとってK夫人が何であったのかを承認するようにドラを方向づけたとすれば、フロイトは――かくのごとく男性的対象の承認への道を開いたということで――どれほどの名声を享受することになったでしょう?(私たちはここではただ陽性転移の意味という問題に手をつけ始めているだけにすぎません)。これは私の意見ではなく、フロイトの意見なのです(p.107)*22

しかし、それ〔=第三の弁証法的反転〕が失敗に終わったことが治療にとって致命的であったことを、フロイトは、転移の作用(p. 103-107)*23に、つまり解釈を先送りさせた自分の誤り(p. 106)*24のせいにしていますが、他方では、フロイトが後になって確認することができたように、[E223]そのような結果を回避するための時間はもはや二時間しか残されていなかったのです(p. 106)*25

しかし、フロイトがこういった〔治療の失敗についての〕説明――この説明は、その後の分析の教義のよく知られている展開を受け取ることになるでしょう――をするたびに、ページの下の注釈がその説明を二重化しており、そこには、ドラをK夫人に結びつける同性愛的な紐帯の評価が不十分であったことが頼みの綱とされているのです。

このことは、一体どういうことなのでしょうか?――もし、二番目の理由が一九二三年になってようやく第一義的なものとして現れたわけではなく、一番目の理由がドラ症例が出版された一九〇五年から彼の思考に結実していたとしたら?

私たちはどちらの理由を選ぶべきなのでしょうか? 両方の理由を間違いなく信じて、そのジンテーゼから導き出されるものをつかもうと努力することです。

そこ〔=二つの理由のジンテーゼ〕に見えてくるのは、次のようなことです。フロイトは、長いあいだ、こういった同性愛の傾向に、混乱(n., p. 107)*26――フロイトがその点について満足のいく仕方で行動することをできなくさせるような混乱――することなく向き合うことができなかったことを告白しています(そうであるにもかかわらず、彼は、同性愛の傾向がヒステリー者において恒常的であり、その主体的な役割はどれほど評価しても過大評価ではないことを私たちに教えてくれています)。

これは、言ってみれば予断に属することです。それも、エディプス・コンプレックスという考えを最初から歪めているものと同じ予断――父性的人物の優位を規範=正常化的なものではなく自然なものとしてフロイトが考える原因となったもの――に属することです。つまりそれは、よく知られている「糸は針のために、少女は少年のために」という反復句に端的に表現されているような予断であると言わなければならないでしょう。

フロイトは、ドラの父をフロイトのところに連れてきたのがK氏であったことから(p. 18)*27、長いあいだK氏に共感を抱いており、そのことは数々の評価に現れている(note, p. 27)*28。治療が失敗した後も、フロイトは「愛の勝利」(p. 99)*29を夢想してやみません。

ドラについては、彼女がフロイトに興味を抱かせることに個人的に参加していることが、観察記録の随所に認められます。実際のところ、彼女はこの観察記録を振動させており、理論的な脱線を乗り越えて、このテクストを、私たちの文献のひとつのジャンルを構成する精神病理学的なモノグラフのなかでも、地獄の猿轡に支配されたクレヴス王女のような調子にまで高めているのです。

フロイトが今回はアケロン〔=死者が黄泉の国に入る際に通る、冥界を流れる河〕を動かすことに成功しなかったのは、彼が少々K氏の立場に立ちすぎたからです[E224]。

フロイトは、自らの逆転移ゆえに、K氏がドラに抱いたとされる愛についてつねに立ち返っており、ドラがフロイトに対して行った非常に多様な反論をどれほど告白のように解釈しているのをみると、奇妙に感じざるをえません。ドラが「もう反論しな」くなった(p. 93)*30フロイトが思ったセッションは――そして、そのセッションの終わりにフロイトが最後に彼女に満足を表明できると考えたとき――、実際、ドラによってまったく異なった調子で締めくくられているのです。「たいしたことがわかったわけじゃない」とドラは言っています*31。そしてまさにその次のセッションの冒頭で、ドラはフロイトに別れの挨拶をしたのです。

では、湖畔での告白のシーンで起こったことは、一体なんだったのでしょうか? それは、ドーラを病気に追いやった大惨事であり、そのことで誰もが彼女を病気であると認識するようになりました。皮肉なことに、それは彼女が自らが果たしていた機能――すなわち、全員の共通の欠陥に対する支えとしての機能――を拒絶することに対する反応だったのです(神経症のあらゆる「利得」は、神経症患者だけの利得ではないのです)。

有効な解釈の場合と同じように、テクストを理解するためにはテクストで満足する必要があります。K氏には、いくらかの言葉を言うだけの時間しかありませんでしたが、彼が決定的なことを言ったことは確かです。すなわち、「私の妻は私にとっては何でもないのだ」、と彼は言ったのです。これでもう、彼の所業はその報いを受けることになります――〔ドラによる〕激しい平手打ちによって*32。ドラは、治療が終わってしばらく経った後も、一過性の神経痛という形で燃えるような後遺症を感じることになります*33が、この平手打ちは、粗忽者〔=K氏〕に対して次のことを意味しているのです――「もし彼女〔=K夫人〕があなたにとって何でもないのなら、私にとってあなたは一体何なのでしょう?」

それ以来、この傀儡、ドラが数年間にわたってかけられていた魔法を解いたばかりであるこの人物〔=K氏〕とは、ドラにとって一体何であるのでしょうか?

このシーンに引き続いて生じる潜在的な妊娠空想*34は、私たちの解釈に異論を唱えるものではありません。ヒステリー者において、その空想が自らの男性への同一化の機能そのものにおいて生じることは周知のとおりですから。

フロイトは、より狡猾に滑り込み、この罠によってまさに姿を消したのです。ドラはジョコンド〔=モナリザのモデル〕の微笑みとともに去り、再び現れたときにも、フロイトは彼女が〔分析へと〕回帰する意図をもっていると信じるほどナイーヴではありませんでした*35

このとき、ドラは〔皆に〕真理のすべてを認めさせた*36わけですが、他方で彼女は、自分が真理を語っているとしても、その真理が最終的な真理ではないことを知ってもいます。[E225]そして、彼女は自分の現前という唯一のマナによって、不幸なK氏を馬車の下敷きにすることに成功したのです*37。治療の第二段階でもたらされたドラの症状の沈静化は、それでも持続していました。弁証法的過程の停止は見かけ上の後退をもたらしはしましたが、奪回された位置は自我の肯定によってはじめて保持されており、それはひとつの進歩とみなすことができます。

それでは、結局のところ、転移――フロイトがどこかで、その〔転移の〕働きは治療の進展の背後で目に見えない形で持続するのであり、その効果を「明確に証明できない」(p. 67)*38と述べていた転移――とは何なのでしょうか? ここでは、逆転移――それは、弁証法的過程のある瞬間における分析家の予断、情熱、当惑、あるいは彼の不十分な情報といったものの総和として定義されます――と非常によく関係する単位であると考えることができないでしょうか? フロイト自身は、私たちに次のように言っていないでしょうか——〔ドラの〕父によってフロイトに提示されたバージョンの物事を信じるほど愚かであったとすれば、ドラはフロイトの上に父性的な人物を転移することができただろう、と(p. 105)*39

言い換えれば、分析的な弁証法が停滞しているときに、主体が自らの諸対象を構成する際のよりどころとなる永続的な様式が現れるのでなければ、転移は主体において現実的なものとならないのです。

では、転移を解釈することは何を意味するのでしょうか? それは、この死んだ点〔=弁証法の停滞〕の空虚さをルアーで満たすこと以外の何ものでもありません。しかし、このルアーは有用ではあります。というのも、人を騙すものであったとしてもそれは訴訟を再開させるからです。

K氏が示していたものと同じ意図をドラがフロイトのせいにしているというフロイトからやって来た示唆を、ドラは否定(dénégation)をもって迎え入れています。しかし否定したとしても、その示唆がもつ効果の射程は何一つ変わらなかったことでしょう。その示唆がドラにもたらした反発は、フロイトの意図に反して、おそらくはドラを正しい方向に向かわせたことでしょう。すなわち、彼女の現実的関心の対象へとドラを導く方向へと。

そして、フロイトがK氏の代役として自分自身をゲームに参加させたという事実のおかげで、フロイトはK氏による結婚の提案の価値を過度に強調せずにすんだことでしょう。

したがって、転移は情動性の神秘的な性質に属しているのではありません。たとえ、転移が興奮/不安(émoi)という装いをもって姿を現したとしても。転移は、それが生じる場となった弁証法的な瞬間の関数としてのみ意味をもつのです。

しかし、この瞬間は、通常は大した意味をもっていません。[E226]なぜなら、患者のためになることをあまりにも大きく望むこと――フロイトが様々な機会に警告した危険――になってしまうとすれば、この瞬間は一般的に分析家の側の誤りを表現するものなのですから。

このように、分析的な中立性は、純粋な弁証法論者の立場からその真の意味を引き出しているのです。この弁証法論者は、現実的なものはすべて理性的であること(逆もまた然り)を知っており、存在するものはすべて――自分が闘っている悪も――自らの個別性のレベルと常に等価なままであり、普遍的なものにおける自らの位置に到達するような統合によって――技法論的に言えば、生成するひとつのディスクールのなかに自らの過去を投影することによって――はじめて主体にとっての進歩がありうるのだ、ということを知っています。

症例ドラは、私たちが次のことを示すにあたって特権的であるように思われます。すなわち、あるヒステリー者が問題になっているわけですから、フロイトが言っているように、そこでは自我のスクリーンが非常に透明であり、無意識と意識のあいだの、あるいはよりうまく言うなら、分析的ディスクールと症状の言葉のあいだの敷居が他ではみられないほど低くなっているのです。

しかし私たちが思うに、転移は常に同じ意味をもっています。つまり、分析家が道を踏み外したり、あらためて自分の位置を確認したりする瞬間を示している、という意味です。その価値それ自体が、私たちに次のような自らの役割の秩序を思い出させてくれます――患者の主体性の整復ドラマ化(orthodramatisation)〔=主体性のドラマを正しい位置に置くこと〕を目指す積極的な非-関与(non-agir positif)という役割を。

*1:訳注:一九五一年十一月一日、第十四回フランス語精神分析会議の際に、D・ラガーシュ「転移の問題」およびM・シュルンベルジェ精神分析臨床における転移研究への導入」についてなされた発言。『フランス精神分析雑誌』、十六巻一―二号、一五四―一六三頁、一九五二年。

*2:簡潔に言えば、あるゲシュタルトが宙吊りのままとなり――たとえば、音楽のフレーズに、解決をもたらす和音を与える必要性があると一般的に感じられることから――未解決の努めが残ったときに生じる心理学的効果のことである。

*3:訳注:モーリス・ベナシーMaurice Bénassyのこと。彼の発言は『フランス精神分析雑誌』の同号でラガーシュの報告へのコメントとして掲載されている。

*4:P.U.F., p.8 (p.218の注釈も参照せよ)。「…わたしは、生活史と病歴についてすべてを語ってもらうよう患者を促すことで治療を始めはする。しかしそれでもわたしが聞き知ることは、なお依然として、治療の指針を定めるのに十分ではない。この最初の語りは、船の航行ができない川の流れにたとえることができる。時には河床が岩の塊によってふさがれていたり、時には砂州によって河床が分けられて浅瀬になっていたりする。わたしは、研究者たちの描く、淀みなく流れるように正確なヒステリー患者たちの病歴がどのようにして出来上がったのか、不思議に思うばかりである。患者たちは実際には、自分についてこういった報告を行うことはできない。」(GW V, 173)

*5:私たちの注釈のテキスト的性格を確認できるようにするために、フロイトの記述に言及するたびに、次のように参照を行う――本文にはドノエル社から出版された翻訳のページ数を、そしてページ下部には一九五四年にフランス大学出版(P.U.F.)が出版した再刊版のページ数を表記する(一九六六年の追記)〔この翻訳では、読者の便宜のために、それぞれの参照箇所に該当するフロイトの日本語訳を原注に付記する。ラカンが参照箇所を示していない箇所についても、「訳注」として参照箇所を示す〕。

*6:訳注:「彼女はまた、いつも意識的にわたしと父親とを比較し、彼女に対してわたしが完全に公正であるかどうかも、おそるおそる確かめようとしていた。というのは、父親は「いつも隠しごとをしてまっとうでない迂回路をとることを好んだ」からである。」(GW V, 282)

*7:訳注:「この女性患者は、語っている最中にすら、陳述内容や日付をくり返し訂正し、さらに長々と迷った挙句、たとえばふたたび最初の言明に戻ったりするのであった。病歴と重なるかぎりにおいて患者に、生活史を秩序立てて描写する能力がなくなることは、神経症に特徴的であるのみならず、理論的にも重要である。」(GW V, 174)

*8:訳注:「だってこれは全部本当で正しいことですよね。わたしがお話ししたことに先生は変えたいところがおありなのですか」(GW V, 194)

*9:P.U.F., p.24. 「精神分析の治療では、異論を唱える余地がないほどうまく理由づけされた一連の思考が現れ出るなら、それはおそらく、医者が困惑する瞬間でもある。患者はその瞬間をうまく利用し、つぎのような質問につなげてくる。「だってこれは全部本当で正しいことですよね。わたしがお話ししたことに先生は変えたいところがおありなのですか」と。しかし、まもなく明らかになることだが、患者がそうした、分析を寄せつけない思考を使ったのは、批判および意識から逃れようとする、それとは別の思考を覆い隠すためなのである。ほかの人々に対する一連の非難は、同じ内容をもつ一連の自己非難があることを推測させる。このことは、その一つ一つの非難を、物語っているその人自身に対する非難としてその人に浴びせ返してみさえすれば分ることだ。他人に対してある非難を浴びせることによって、同じ内容の自己非難から自分の身を守るこういったやり方には、明らかに自動的なものが含まれている。この方法の典型は子供の「言い返し」である。子供は嘘をとがめられると、すぐさまその相手に、「おまえこそ嘘つきだ」と言い返すものである。大人であれば、ののしり返そうとするとき、なにか実際の相手の弱点を見つけようとし、同じ内容を反復することには重きを置かないであろう。パラノイアにおいては、こういった、内容の変更を伴わずそれゆえ現実に依托もしていない、他者に対する非難の投射が、妄想形成過程として顕在化するようになる。」(GW V, 192-194)

*10:訳注:「父親に対するドーラの非難も――これからそれを一つ一つ示そうと思っているが――例外なく同じ内容の自己非難によって「裏打ち」され、「二重張り」されていた。父親は、自分とK夫人との関係を邪魔されたくなかったため、娘に対するK氏の振舞いの真相を明らかにしたくなかったのだ、という点に関しては、ドーラは正しかった。しかし、彼女もまさに同じことをしたのである。彼女は、この二人の関係の共犯者となり、その関係の本性を匂わせるようなサインにはすべて日をつむっていたのだった。彼女がこのことにはっきりと目を向け、父親へ厳しく要求を突きつけはじめたのは、ようやくあの湖畔の出来事が起きてからだった。それ以前は何年にもわたって、父親とK夫人の交際をできるかぎり援助していたのだった。父親がK夫人のところにいると思ったときは、ドーラはけっしてそこに行かなかった。そんなとき彼女は、子供たちは家の外に出されているであろうと知っており、彼らと出会えるように道を選んで、いっしょに散歩をするのであった。」(GW V, 194-5)

*11:訳注:「ドラは、またしても、「Kさんの奥さんが父のことを好きな理由は単に、父が役に立つ(vermögend)男だからです」と強調した。わたしはそのとき、彼女の表現がもつある種の雰囲気から…この言葉の背後には正反対のことが隠されているのに気づいた。すなわち、「父は役に立たない(unvermögend)」男です」。これはもう性的なこと以外意味しようがなかった。つまり「父は男として役に立たない、不能です」。ドラは自分が意識的に知っている事柄を参考にして、この解釈が正しいものと認めた。」(GW V, 206-7)

*12:訳注:「嫉妬」のことだが、ここではドラが「わたしは父を許せないのです」(GW V, 215)と何度も主張していることを指す。

*13:P.U.F., p.39. 「ドーラは、父親に関する自分の思考はある特別な判断を必要とするものと、まったく正しく感じ取っていた。彼女は何度もくり返し、つぎのように訴えるのであった。「それ以外のことについて考えることができないのです。きっと兄はわたしにこう言うでしょう。「子供の僕たちが、お父さんのこういった行動について批判する権利はないね。僕たちは、それを気にするのではなく、ひょっとして、お父さんが心を寄せることのできる女の人を見つけたことをむしろ喜ぶべきなのかもしれない。だってお母さんはお父さんのことをほとんど理解していないのだから」と。そのことはわたしも理解しているし、兄のように考えたい気持ちもあります。でも、できません。わたしは父を許せないのです」。/さて、このような優格思考が生まれた意識上の理由を本人から聞き、いろいろ反論を加えてみてもその思考に変化がない場合、そういった優格思考に対してわたしたちはどのような対処をすればよいだろうか。分っているのは、非常に強力な思考の連なりはその強化を無意識に負っているということだ。」(GW V, 214-5)

*14:訳注:「ドーラは、K夫人について話して聞かせるたびに、彼女の「その魅惑的な白い肢体」を誉め称えるのであった。その口調は、自分が敗北を喫した恋敵に対するそれではなく、むしろ愛する者にそう言うのがぴったりの口調であった。また別の折り、ドーラは、苦々しげというより物悲しげに、「父がわたしにくれたプレゼントは、Kさんの奥さんが買ったものにちがいないです。わたし、彼女の趣味が分りますから」と語った。さらにまた別の折り、ドーラは語気を強めて、「わたしがプレゼントとしてもらった装飾品は、やっぱりKさんの奥さんが一役買っていました。似た装飾品を彼女のところで以前見ていますし、そのときわたしは「ほしい」って声に出して言ったのです」と話すのであった。確かに考えてみれば、そもそもわたしは、K夫人について厳しい言葉も立腹の言葉もドーラから聞いたことがなかったと言わねばならない。ドーラは、彼女の優格的思考の観点からすれば、自分を不幸にしている張本人はほかならぬK夫人であると見なければならなかったはずである。」(GW V, 222)

*15:訳注:「であるからわたしは、つぎのように考えても常軌を逸しないものと思っている。すなわち、父親とK夫人の関係に関わっていたドーラの優格的な思考の連なりは、意識的なものであったかつてのK氏に対する愛を抑え込むためだけにあったのではなく、もっと深い意味で無意識的なものであるK夫人への愛を隠蔽しなければならなかったからでもあると。」(GW V, 223)

*16:訳注:「ドーラはつぎのように語った。「わたしは、わたしの知らない街を散歩しています。わたしは、なじみのない通りや広場をいくつか見ています。わたしはその後、自分の住んでいる家に入り、自分の部屋に上がって、そこに母の手紙が置かれていることに気づきます。その手紙には、わたしが両親に何も言わず家を飛び出してしまったので、母はわたしに手紙で、父が病気になったことを知らせたくはなかった、と書かれていました。それから、父はもう亡くなってしまったし、おまえが来たいのなら来てもいいのよ、とも書かれていました。そこでわたしは駅に向かうのですが、もう百回ほど、「駅はどこでしょうか」と尋ねます。そのたびにわたしは「五分」という返事をもらうのです。つぎにわたしは、鬱蒼とした森を目の前に見ています。その森のなかに入ってゆき、そこで出会った男性に尋ねます。その人はわたしに、「まだ二時間半」と言います。その人はわたしに、「ごいっしょしましょうか」と申し出てくれます。わたしはそれを断り、一人で行きます。目の前に駅が見えますが、そこにたどり着くことができません。そのとき、夢のなかで先に進めないときによく感じる不安な気持ちが起こります。そのあと、わたしは家にいます。そのあいだ、わたしは乗り物に乗っていたにちがいありませんが、よく分りません。――わたしは管理人の部屋に入り、管理人にわたしたちの住まいのことを尋ねます。お手伝いさんがドアを開けて、お母さんはもう、ほかの人たちと墓地に行っていますよ」と答えます」。」(GW V, 256-257)、「見知らぬ街をあちこちさまよい歩くという場面は、重層決定的に規定されたものであった。この場面から日中のきっかけの一つが導かれる。クリスマスのとき、いとこの青年が訪ねてきたので、ドーラはウィーンの街を案内しなければならなくなった。この日中のきっかけはもちろん、ほとんど取り上げるほどもないことであった。ところがドーラは、このいとこのおかげで、自分がドレスデンにはじめて短い滞在をしたときのことを想い出したのである。ドーラはそのとき、よそ者としてドレスデンをあちこち歩き回ったわけだが、もちろん、あの有名な絵画館を訪れることは怠らなかった。そのときドーラは、そのいとこのほかに、もう一人、別のいとこの男性といっしょだった。このいとこはドレスデンをよく知っており、その美術館の案内役を買って出ようとした。しかしドーラはそれを断り、一人で行った。彼女は自分の気に入ったいくつかの絵画の前で立ちどまりつづけた。あのシスティナの絵画の前では、彼女は二時間もとどまり、夢のようにうっとりとした静かな感嘆にひたった。「その絵画のどこがそんなに気に入ったのですか」というわたしの質問に、ドーラははっきりと答えることができなかった。しかし最後に口を開くと彼女は、「マドンナです」と言った。」(GW V, 258-259)

*17:P.U.F., pp.12, 37. 「少女には一人だけ一歳半年上の兄がいた。この兄はかつて、少女のお手本であり、兄に倣おうと彼女はやる気を漲らせていたのだった。」、「彼女は、幼い頃の自分が「おしゃぶりっ子」であったのを大変よく覚えていた。父親もまた、その癖が三歳ないし四歳頃までつづいていたので、娘のこの癖をやめさせたことを覚えていた。ドーラ自身が幼年時代の光景としてはっきりと記憶のなかにあるのは、自分が部屋の片隅の床に座って、自分の左手の親指をおしゃぶりしつつ、右手は近くにおとなしく座っている兄の耳たぶをつまんでいる、という光景であった。これこそがおしゃぶりによる自慰行為の完全なかたちである。」(GW V, 178-179, 211)

*18:P.U.F., p.27. 「ドーラは失声を伴う咳の発作をかなりの頻度で起こしていた。恋人が居合わせていること、ないしは居合わせていないことがこの病状の出現と消失に影響を及ぼしていたのだろうか。もしそれが正しかったとすれば、そういった真実を覗かせるような一致点がどこかで証明されなくてはならなかった。わたしは、このような発作は平均してだいたいどのくらい長くつづくのか、尋ねた。三週間から六週間くらいつづくとのことだった。Kさんはどのくらいの期間留守にしていたのですか、と尋ねると、彼女は、それも同じように三週間から六週間のあいだでした、と認めるほかなかったのである。つまりドーラは、自分の病気によってK氏への愛を告白していたのである。それは、そのK氏の妻が、病気になることで夫への嫌悪を表していたこととちょうど同じである。ただしドーラの場合、つぎのように想定する必要があった。ドーラはK夫人とは正反対に振舞っていたのだと。すなわち、彼女はK氏がいなくなると病気になってしまい、K氏が戻ってくると健康を取り戻していたのだと。」(GW V, 198)

*19:P.U.F., p.33. 「「そう答えるからには、あなたは今まさしく、病気で敏感になっているあなたの体の部分(喉、口腔)のことを考えていますね」と。ドーラは、自分はさすがにそこまでは考えていなかったと言い張ったが、それはもっともなことであった。症状が可能とされるのであれば、ドーラはこのあたりの事情を自分自身に完全に明らかにしてしまってもいけなかった。しかしわたしは、つぎのように補足しなければならない状況にあった。「発作的に生じるあなたの咳のきっかけとなっていたのはいつも、喉のむずむずする感じでしたが、あなたはそうした咳を用いて、あの二人のあいだに交された〈口を使った〉性的満足の状況を想像していたのです。あなたは彼らの恋愛関係について四六時中気にかけていたわけですから」。この説明をドーラは黙ったまま受け入れていた。この説明を行ったすぐ直後から咳は消失した。」(GW V, 207)

*20:P.U.F., p.54. 「夢解釈はこれで全部仕上がったようにわたしには思われた。しかしドーラは、その翌日この夢の補足説明を行ったのである。目が覚めるたびに煙の臭いがしていたことを話し忘れたという。煙は確かに火とぴったり合っていた。煙はまた、この夢がわたし自身とも特別な関係をもっていることを示していた。なぜなら、彼女が「もうどこにも隠し立てしていることはありません」と言ったとき、わたしはよく、「火のないところに煙は立ちませんよ」と言葉を返していたからである。しかしドーラは、もっぱらわたしたち二人の関係に終始するこういった解釈に対して、「Kさんも父もものすごいヘビースモーカーです」と言って異議を唱えた。ヘビースモーカーということでは、ちなみにわたしもそうである。ドーラ自身もあの湖畔でタバコを吸ったことがあったが、それは当時、K氏があの不幸な結末に終わった求愛を始める前に、タバコを紙で巻いて彼女に渡したからであった。また、彼女の信じるところによると、煙の臭いは、最後の夢ではじめて現れたものではなく、Lで見た夢の三回ともにすでに現れていたことをはっきり想い出したのだった。ドーラはそれ以上の情報を与えることを拒んだので、この補足をどう夢思考の構造のなかに組み入れるかは、わたしに委ねられたままになった。手がかりとなりえたのは、煙の感覚が補足としてやって来たことであった。つまり、それは抑圧という特別な力を克服しなければ生まれなかったのである。」(GW V, 235)

*21:訳注:「彼女は自分の気に入ったいくつかの絵画の前で立ちどまりつづけた。あのシスティナの絵画の前では、彼女は二時間もとどまり、夢のようにうっとりとした静かな感嘆にひたった。「その絵画のどこがそんなに気に入ったのですか」というわたしの質問に、ドーラははっきりと答えることができなかった。しかし最後に口を開くと彼女は、「マドンナです」と言った。」(GW V, 258-259)

*22:P.U.F., p.90. 「この分析の終結から時が過ぎれば過ぎるほど、わたしのなかで確かになってくることがある。それは、わたしの技術的な失敗が、つぎのことを怠ったことに起因するということである。すなわち、わたしは、K夫人に対する同性愛的な(女性愛的な)愛情の蠢きがドーラの心の生活のなかの最も強い無意識的な流れであったことを、適切な時期に探り当て、彼女に伝えるのを怠ったのである。わたしは、ドーラに性的な事柄の知識を教えた主なる人物はK夫人以外にはありえなかったことを探り当てていなければならなかった。ドーラはまさに、この同じ人物からのちに、そのような性的な事柄に関心をもっていることを非難されたのであった。彼女があらゆるいかがわしいことを知っていながら、どこからその知識を得たのかについて、けっしてしゃべらなかったのは、とても奇妙なことであった。わたしはこの謎を手放すことをせず、この特別な抑圧についてその動機を探究すべきであった。そうしていたら、第二の夢からその謎が探り当てられることになったであろう。」(GW V, 284)

*23:P.U.F., p.86-90. 〔参照箇所が長いため引用は省略する。GW V, 278-284に相当する〕

*24:P.U.F., p.89. 「転移はこれ以外のさらなる段階には進んでいなかったし、分析のための素材もまだ尽き果ててはいなかったから、時間はまだたっぷりあると思っていた。そのようななかで、わたしは突然の転移に不意打ちを喰らってしまった。」(GW V, 282-283)

*25:P.U.F., p.89. 「ドーラの第二の夢では、いくつかのはっきりしたほのめかしによって転移が現れている。彼女がわたしにその夢を語ったとき、わたしは、わたしたちの分析の作業に残された時聞があと二時間しかないことを知るよしもなかった。二日後にはじめて知ったのである。」(GW V, 283)

*26:P.U.F., p.90. 「精神神経症者における同性愛の流れの重要性を認識する以前のわたしは、さまさまな症例の治療の途中でしばしば行き詰まったり、混乱に陥ったりしていたのである。」(GW V, 284)

*27:P.U.F., p.10. 「少女が十歳くらいのとき、父親は網膜剥離に襲われ、暗室療法を受けざるをえなくなった。この思いがけない病の結果、視力は低下したままになった。その約二年後、きわめて深刻な病が生じた。それは錯乱の発作を起こす病で、発作に引きつづいて麻痺症状と軽い心的障害が現れた。この病人の一人の友人が当時――わたしたちはのちにこの人物の役割について触れることになる――病状の改善がまだほとんど見られなかった彼に対し、家庭医を伴ってウィーンに赴くように促した。」(GW V, 177)

*28:P.U.F., p.18. 「偶然的な原因によってこのキスのときドーラに吐気が生じたのではないことは確実である。そういった原因があれば、それは間違いなくドーラによって想起され、言及されたことであろう。わたしはたまたまK氏を知っている。この女性患者の父親をわたしのところに述れてきたのが、ほかならぬK氏だったのである。彼は好感のもてる風体のまだ若々しい男であった。」(GW V, 187)

*29:P.U.F., p.82. 「もしK氏がこの最初の「否」を聞き流し、断固たる熱意で求愛をつづけていたとしたら、この少女の愛情があらゆる内的な困難をものともしないという結果が容易に得られたかもしれない。しかしまたひょっとすると、そうされることでドーラは、ちょっとしたことにもすぐかっとなり、なおいっそうK氏につれなくあたることで自らの復響心を満たしたかもしれない。こういった動機の対立するなかで、抑圧が解消される方向に向かうか、強化される方向に向かうか、その決定の向かう先を判断することはできない。現実的な愛の要求を成就させることができないこと、これが神経症の本質的な特徴の一つである。神経症の患者は、現実と空想の対立に支配されている。」(GW V, 273)

*30:P.U.F., p.77. 「必要なことは、今や、この立証された空想をうまく利用することであった。「あなたは、湖畔の一件ののち九ヶ月目に分娩を行い、その後、今日という日に至るまで、踏みはずしの帰結をめぐって逡巡しています。とすると、このことが示しているのは、あなたは、無意識のなかで、あの一件の成り行きを後悔しているということです。つまりあなたは、無意識の思考のなかで、その成り行きを修正したのです。あなたの分娩空想の前提となっているのは、その当時に起こった出来事です。つまり、あなたがのちに百科事典から読み取ったにちがいないものをすべて、あなたはそのとき、体験し、経験したのです。お分りでしょう。Kさんに対するあなたの愛は、あの一件では終わっていなかったのです。わたしが主張したように、それは今日に至るまでつづいているのです。ただし、それはあなたにとっては無意識のままですけれど」。彼女ももう、それに対して反論することはなかった。」(GW V, 266-267)

*31:訳注:「第二の夢を解明する仕事は二時間を要した。その二回目の面接が終わったのち、わたしがその成果に満足の意を示すと、ドーラはそれを軽くあしらって、つぎのように答えた。「多くの成果が得られたって、いったい何がですか」。それでわたしは、さらになんらかの暴露が迫っていると感じ、その心構えをしたのであった。」(GW V, 267)

*32:訳注:「つまり、ここに至ってわたしたちはふたたび、湖畔の一件とそれに結びつく謎に関わっていると言えるだろう。わたしはドーラに、あらためてこの一件について詳細に説明してくれないかと頼んだ。彼女は当初、これといって目新しいことを多くはもたらさなかった。K氏が少なからず真剣なことを話し始めたとき、ドーラは、彼に最後まで話をさせなかった。彼女は、K氏が何を言おうとしているか気づくやいなや、顔に平手打ちを喰らわせて、そこからすぐに立ち去ったのだった。わたしは、K氏がどんな言葉を口にしたのかを知りたかった。しかしドーラが想い出すことのできたK氏の言葉は、「分るでしょう、わたしはもう妻とは関係がないのです(Sie wissen, ich habe nichts an meiner Frau=お分かりのように、私は妻において何も持っていないのです)」という釈明だけであった。」(GW V, 261)

*33:訳注:「ドーラがわたしの助けを求めてきたのは、目下昼夜を問わずつづく右側の顔面神経痛のためであった。いつからですか、と訪ねると、彼女は、「ちょうど二週間前からです」と答えた。わたしは微笑まずにはおれなかった。というのは、ちょうど二週間前であれば、彼女がわたしに関する新聞記事を読んだのではないかと、指摘することができたからである。このことは彼女も認めた(1902年)。/すなわち、彼女の言うところの顔面神経痛は、かつて彼女がK氏に喰らわせた平手打ちに対する自己懲罰および後悔に対応するものだったのであり、さらに、そこからわたしに関わるものへと転移した復讐に対する、彼女の自己懲罰であり、後悔だったのである。」(GW V, 286)

*34:訳注:「ドーラはつぎのように語った。「最初の数日は高熱がありました。百科事典で調べたのと同じような下腹部の痛みも感じました。冷湿布による治療を受けましたが、それは我慢できないものでした。二日目になって、痛みが激しくなり、生理も始まりました。生理は病気になって以来、とても不規則だったのです。便秘も、その頃ずっとありました」。」(GW V, 263-264)、「そこでわたしは、この盲腸炎に罹ったのが湖畔の一件の前であったかあとであったか、尋ねた。答えは即座に返ってきた。それは、すべての難題を一挙に解決するものであった。ドーラは「九カ月後です」と言ったのである。この時間の長さは十分に特徴的な長きである。つまり、ドーラの言うところの盲腸炎は、彼女の意のままになるわずかな手段である、痛みと生理の出血とを用いた、分娩空想の現実化であったのである。」(GW V, 266)

*35:訳注:「彼女は、自分に起こった問題を解決するために、あらためてわたしに助けを請いに来たのである。しかし、わたしは、彼女の表情を一瞥して、この依頼が真剣なものでないことが分った。」(GW V, 284-285)

*36:訳注:「その前の年の五月、K夫妻のいつも病気がちだったほうの子供が亡くなった。ドーラはこの悲しい出来事を受けて、K夫妻のところに弔問に訪れた。そのとき、ドーラは夫妻から、これまでの三年間お互い何事もなかったかのようなもてなしを受けたのだった。そのとき、彼女はK夫妻と和解した。彼女は彼らへの復讐をなし遂げ、自分の問題を自分にとって満足のいく結末へともっていったのである。ドーラはK夫人に、「あなたが父と関係をもっているのは分っています」と言った。K夫人はそれを否定しなかった。それからドーラはK氏に、K氏が否定した湖畔の一件が本当のことだったと白状させ、自分が嘘をついていないというこの知らせを父親にもたらしたのだった。そしてドーラがこの家族と関わりをもつことはもう二度となかった。」(GW V, 285)

*37:訳注:「彼女は、ある人が馬車に轢かれるところを見てしまったと言うのである。この事故に遭ったのがほかならぬK氏であることを、彼女はやっと最後になって口にした。ある日のこと、彼女は通りで彼にばったり出会った。K氏は、往来の激しいところで、彼女に近づいてきて、まるで錯乱したかのように彼女の前で立ちつくしていたという。その呆然とした状態のまま馬車に轢かれてしまったのである。」(GW V, 285)

*38:P.U.F., p.54. 「最後に、おそらくわたしへの転移であると思われるさまざまなサインを取りまとめてみると――なぜならばわたしもタバコを吸うので――わたしは、彼女がある日、おそらく面接が行われていた最中、わたしからキスをしてもらいたいと考えたのではないかと思い至った。これがきっかけとなって、彼女は警告の夢をくり返し見るようになり、治療の中断を決心することになったわけである。以上のように考えると大変うまく合点がいくのだが、「転移」というものの特殊性のため、そのことを証明することができないのである。」(GW V, 236)

*39:P.U.F., p.88. 「当初、彼女の空想のなかで、わたしが父親の代替になっていたのは明らかだった。ドーラとわたしの年齢の開きから言ってもうなずけることだ。彼女はまた、いつも意識的にわたしと父親とを比較し、彼女に対してわたしが完全に公正であるかどうかも、おそるおそる確かめようとしていた。というのは、父親は「いつも隠しごとをしてまっとうでない迂回路をとることを好んだ」からである。」(GW V, 282)