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à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

症例ドラについてのインデックス

1951-1952年にかけて、ラカンは「ドラ」についてのセミネールを行っている(未刊行)。
これをもとにしたのが「転移に関する私見」であると思われる。

『エクリ』

E215-226 「転移に関する私見」:ドラ論
E290「ローマ講演」

象徴的解釈とドラ、鼠男、狼男

E305-306「ローマ講演」

フロイトの逆転移が解釈を間違えさせ、否定的転移においてそれに見合うものを与えている その結果、分析の破棄
15ヶ月は「理解するための時間」
フロイトは当時、ヒステリー者の欲望の対象の同性愛的位置を無視していた
抵抗の分析批判

E596「治療の指導」

ドラ 転移論

E639「治療の指導」

ドラにとってはK氏が想像的同一化の位置

フロイト技法論』

S1-Ja111/Fr80

ドラは父親と同一化し、この同一化が患者の自我を構造化していた。象徴的次元における主体の位置を再認すること! エディプス、性の引き受け

S1-Jb39-43/Fr207-209

ドラのO' はK夫人 転移を分析しなかったことは評価している 自我の整形外科批判 主体がその理想自我を取り戻すにつれて、フロイトが自我理想の水準に座を占めるようになる

S1-Jb131/Fr269

フロイトはドラの症例で転移を語るすべをしらなかった ラカンの転移論 夢解釈での

S1-Jb195/Fr308

ドラ 転移
他、S1-Jb205/Fr315

『精神病』

S3-Ja150-152/Fr104-106

K氏はドラの自我として役立っている
K氏抜きの三者関係がドラには耐えられないので、四者関係(ドラ、父、K氏、K夫人)を保つ
平手打ち=「じゃあ、あなたは一体、私にとって何だというのです」、四者の均衡を破る発言
ドラの失声症はK夫人と対面したとき

S3-Jb22/Fr193

ドラの夢=「女であるとは何か」「女性器官とは何か」ドラは自身の性に関する主題に立ち戻った

S3-Jb28/Fr197

K氏に同一化していたドラの興味を、真にひいている対象はK夫人 鏡像段階
ドラの失声症=K氏がいないからしゃべる必要がない(フロイトの解釈)ではなく、K夫人の目の前にいたから。
ドラがK夫人と自分の父との関係から理解しえたことのすべては、フェラチオをめぐること。これは口唇的な症状がおきたことを理解するために、ずっと示唆的なこと。
ドラは女であるとは何かを語っている

S3-Jb33/Fr200

ドラが「女であるとは何か」ということを自問するとき、彼女は女性器官そのものを象徴化しようとしています。
彼女が男、つまりペニスの所有者に同一化することは、この問いの定義づけへと近づく一つの方法。

『対象関係』

S4-Ja167-188/Fr131-147

四人は四重奏
ドラは、父とK夫人の繋がりのために父の愛情を奪われたという 父の愛情に対する復権要求を表明する 彼女の行動は全て、このつながりに対する復権要求なのです
湖の場面から虫垂炎のようなヒステリー症状までのあいだの9ヶ月(妊娠)、実際は15ヶ月だが、15という数字はこの症例にたくさんでてくる、
フロイトは注で、K夫人に対する同性愛的愛着こそがドラの最初の位置の成立、そしてまた彼女の危機の成立の真の意味であったと理解すべきであったと書いているが、ドラの欲望の現実的対象に関しては一貫して曖昧なまま。
二つの夢がしめしているように、K夫人こそがドラにとって謎


父は欠如した対象を象徴的に与えるものとして現われるが、ドラでは父の不能ゆえ与えない。この父のファルスの欠如が一效性の基調音のようにこの観察記録全体を貫いている。
与えられるのはそもそも対象なのか? → 愛の記号として要求されているものは、記号としての価値しかもたない何か
愛の記号とは、持っていないものの贈与 無には無を
贈与を贈与たらしめているのは、ある主体が無傷で何かを与え、その与えるものの背後に主体に欠如するもの全てがあるという限りで、その主体が自身のもっているものを超えて犠牲を払うということ = ポトラッチ
(神への愛 神には一つ欠如があるから)


ドラが父を愛するのは、父が彼女に与えないもののため この位置関係が最後まで維持された
「私の父はK夫人において何を愛しているのか」
「女とは何か」
K夫人は女性の機能そのものの具現化
ある存在において愛されるものはその存在に欠如しているもの。
父ードラーK夫人の三角形では十分でないため、ドラーK氏ーK夫人の三角形に移行する
K氏がK夫人の謎を象徴化するもの、K氏への崇拝に関わっていると考えるから
だからドラはK氏がドラにだけ関心を持っていて、K夫人に関心を持っていないことに耐えられない
シェーマL(SK夫人、a'K氏、aドラ、A父)


K氏はドラの隠喩
ドラの夢は愛について(駅Bahnhof、墓場Friedhof、前庭Vorhof)
ドラの症状はシニフィアン要素だが、その下ではシニフィエが絶え間なく動いている
ドラの症状は移入的という限りでのみ、意味をもち、また解消される
しかしフロイトはこの隠喩のなかに現実的な要素を導入した「君の愛しているものはまさにこれだ」
これによって何かが正常化には向かったが、隠喩の状態にとどまったまま
その証拠が出産


ヒステリー者とは代理人をたてて愛するものである ドラの場合はK氏
ヒステリー者とはその対象が同性愛的な者であり、この同性愛的対象に、異性の誰かに同一化することによって接近する。

『無意識の形成物』

S5-Jb177/Fr368

ドラの欲望の対象=K夫人 なぜなら、K夫人が父の斜線で消された欲望だから(父の不能、ヒステリー者の欲望)
ドラの欲望のグラフ、二段目の《他者》をまたいだところに、父の欲望がある(普通は母の欲望だけど、ドラにとっては母は不在)
父への象徴的同一化I(A)
想像的同一化は、K夫人に同一化したいところだが、ヒステリー者の欲望にしたがって、K氏に同一化する。
同一化は、欲望を満たすのに有利な位置にいる一人の小文字の他者にたいしておこなわれる
ヒステリー者の場合、経過がそれ以上進行することはない
ドラはK氏を愛していないが、欲望の支え
「妻は自分にとって何の意味もないのだ」はその欲望の支えを壊す言葉

S5-Jb235/Fr407

ドラはK氏に同一化した

S5-Jb327/Fr469

ヒステリー者のグラフ、ドラにおける理想形成($◇a)と小文字の他者に対する同一化(i(a))の並行する緊張関係

S5-Jb354/Fr487

ドラの欲望の問題=「不能であるとき、いったいどうやって一人の女性を欲望することができるか」という問題を支えている点を位置づけるために、K氏に同一化した。

『精神分析の四基本概念』

S11-J49/Fr38

ヒステリー者の欲望は父の欲望を担うことであり、ドラの場合は代理人を介して父の欲望を担うことであった。
平手打ち=行動化、ドラにとってK氏との結びつきは保持されていなくてはならない
この第三の要素のおかげで、父の欲望と、ドラ自身の欲望を満たされないままに存続させることができる

その他文献など

北山修さんの論文、「フロイトの症例「ドラ」から学ぶ」


・立木康介さんの論文、「精神分析の反メタ言語論─マホーニー、ラカン、フロイト」は、マホーニーのフロイト解釈を軸にドラの症例と「メタ言語」について考察する素晴らしい論文。以前はWeb上で参照できたが、立木さんの『精神分析と現実界』に収録された。

精神分析と現実界―フロイト/ラカンの根本問題

精神分析と現実界―フロイト/ラカンの根本問題