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à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

ヒステリー性妄想は統合失調症性妄想[délire dissocié]ではない

  J.C. Maleval




  ――類催眠状態において、人は、私たち皆が夢のなかでそうであるように、精神異常者となる。
  J. ブロイアー、S. フロイト 『ヒステリー研究』(ちくま学芸文庫, p.27.)


 《私はあなたにこの恐ろしいことを語らなければなりません。私の父は一つの理論[théorie]だったのです》 二ヶ月のあいだ狂気に陥ることになる十日前に、マリアは私にこう語った。この狂気はマリアを入院させることとなった。父の非一貫性の指標、父の機能の排除の指標が事後的に認められるという主張のようなものをする人もいるであろう。このような主張は後の妄想の突然の出現を証明することになるテーゼである。しかし私は、問題となっているのはこのこと〔=父の名の排除による精神病〕ではないということを把握しようと思う。すなわち、ヒステリー性妄想は精神病性妄想と同じメカニズムによって統御されているのではないのである。

 マリアはフランス文化を学ぶ学生である。彼女は家族の住むニューカレドニアで生まれた。彼女の父親は黒人であり、母親は混血である。四人兄弟の末っ子である。分析を始めたとき、彼女は二十四歳。パリの国際大学都市に住んでいる。C.E.S.の監督として働きながら、哲学の教授資格を目指していた。彼女はその資格を得たが、一か月分の報酬を受け取る前に職を失った。*1
 一年前、ある《抑うつ》によって彼女は精神病院(メゾン・ド・サンテ)に行くこととなった。彼女はその障害、存在困難[difficulte d'etre…ジャン・コクトー]を、感情からくる問題や孤独や故郷からの別離に原因があるものと考えたが、より深い何物かに原因があるとは考えなかった。さまざまな《集団精神療法》およびロジャース派の精神療法を試みた後、結論を出すのに非常に長い時間がかかったと私は理解するのだが、彼女はまさに精神分析に解決策を見出した。
 精神分析を開始して最初の一ヶ月、マリアは少し独特なアナリザンであるように思われた。彼女は寝椅子の上で生き、まったく無口なままセアンスを停め、彼女が再び《まったく小さな赤ちゃん》になる退行のエピソードに立ち止まっていた。彼女は胎児の恍惚の時期を知っており、《幻視》があり、叫び、すすり泣き、痙攣のふるえを起こし、私が彼女を殺してしまうのではないかと危惧し、私を殺したいと語り、沈黙のセアンスの際には私が彼女を孕ませる印象を経験した、等々。

 転移の暴力、幻覚、無意識の浮上、パサージュ・ア・ラクトへの傾向から、私は問題となっているものは、《大》ヒステリーと名づけられるものであると考えるようになった。統合失調症は後に述べる諸々の理由から除外されるように私には思えた。
 大ヒステリーの概念は曖昧さは、精神医学の疾病分類の現実の状況においては、忌避されるようになるかもしれない*2 *3。しかし、今のところは、マリアの病理がヒステリーの構造を明らかにしてくれることについて、人々が私に同意してくれることだけを望んでいる。

ヒステリーの構造

 この点について、構造は私たちが知ることの出来ない心的現象の底知れぬ深さには位置付けられないことに注意を促すのは無駄ではない。この心的現象の深さは、或る特定の指標のみによって捉えうるものであり、厳密さに欠ける多くの仕事が暗黙の仮説としているものである。すなわち、構造は主体のディスクールにおいて分節化されるのであり、構造は《純粋かつ単純なシニフィアンの結合が、構造が生じる現実性において決定する諸効果》のうちに現われる。構造は私たちの経験の領野における主体を上演する《原初的機械》を構成している*4。問題となっているのはそれぞれが(境界例、潜在性統合失調症、境界型精神病、分裂-神経症など)と値踏みされる物陰ではない。構造は、それを把握することを可能にする概念を禁じないでさえいれば、正確に識別される。
 ヒステリーの構造に関しては、ヒステリーのディスクールの重要な諸要素を分節化するラカンの四極図式より、この構造をはっきりさせるのに役立つものはない*5
 マリアのディスクールを明白に組織化しているもの、これは彼女が自らの存在困難を申し立てる症状の$であるが、これは今日私たちの文化でのヒステリーの病理学において、疑いなく最も頻繁なものである。《私は生き延びて過ごしています…… 私は毎日毎日耐えているのです》 彼女はいくらかの希死念慮をもっており、いつも疲れ、落ち込んでいるように感じている。彼女が無言の長い愚痴に存しないときは、助けることと愛することがセアンスのたびに立ち返るテーマでなければならなかった。胃部不快感や背部痛のような、薬物療法に抵抗性であるいくつかの転換現象が依然顕著である。彼女はある日こう言った。《私の苦しみは権利要求[revendication]なのです》。
 彼女はS1に主人の位置をとらせているのであるが、彼女のS1に向けたディスクールの宛先は、分析を行うという古くからある激しい願いのなかに現われた。分析は生まれ故郷では実現できなかったことであり、分析がなかったために彼女は集団精神療法や神父とのロジャース派精神療法といった代用品に頼っていた。それ以前の幼年期・青年期には、彼女は規則正しく頻繁に告解へ足を運んでいた。彼女が指定したこの主人〔=告解〕を、その場所から立ち退かせ中止した後、彼女は精神療法に、すなわち司祭との性的な行為への移行[passage à l'acte]に解決策を見出し、そのことを十分明確にした。
 マリアの明白な言葉の隠喩的次元を指し示す機会がたびたびあった。この隠喩的次元は対象aであり、彼女のディスクールにおいて真理の場所に位置づけられるものであり、これが彼女のディスクールを組織化している。確かに、ディスクールの(隠喩的)啓示は彼女が分析の終わりに辿りついたもの、つまり可能ではなかったものを含んでいる。したがって対象aの決定論の主張が公準以外のものを構成しないように見えうる。それでもこの症例はそうではない。実際、理想自我と自我理想の存在は彼女の言葉のなかで完全に識別できる。私たちは、彼女の――《未確認飛行物体[une O.V.N.I.]》になるというテーマの――妄想のなかに、あるいはストリップ劇場に関係したファンタスムのなかに理想自我を認める。分析家あるいは専門的教育者になるという彼女の欲望のなかに自我理想を認める。分析家あるいは専門的教育者になるという彼女の欲望のなかに自我理想を認める。これらの理想の審級は一なる印の書き込みに依存していることが知られているが、それは対象aの喪失を含意している(Cf.3)*6。これらの審級は精神病的ディスクールにおいては一般に混同されているか、往々にして欠けている。これらはマリアにおいては独立したままであるように見える。
 他方、私はヒステリー者の精巧なS2を聴取することに専念するという方針で新たなものを明らかにすることができると願っている。ヒステリー者のS2は、無意識の幾許かの表れを知ることを可能にする知が明らかにするのだ。
 欲望に本質的な不満足であることが、ヒステリー構造に特徴的であるとすれば、…


*1:原注1:関係する人々の匿名性を尊重するために、名前を変えたり、特定の伝記的要素を誇張している。

*2:原注2:しかしながら、サルペトリエール学派では《大ヒステリー》は申し分なくはっきりした一つの疾患単位をなしていた。その大発作、四つの時期への分割、そしてヒステリーが子宮文化の結果であることが知られているにもかかわらず、このような障害について提示された特定の主題だけしか現存していない。私はマリアの妄想が、時間の現在性が病理にその形式を与える限りでのこの病理の特徴を持っていることを明らかにすることを試みたい。

*3:大ヒステリーの四つの時期への分割とは、シャルコーによる「類てんかん期」「大運動発作期」「熱情的態度期」「譫妄期」のこと。

*4:文献1:Lacan, E649.

*5:原注3:$/a→S1/S2. 文献2. Lacan, L'envers de la psychanalyse.

*6:原注4:理想の形成は自我の側では抑圧の条件であると1914年にフロイトは指摘している