à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

グリージンガーへの回帰?

 DSM-V(2011年に発表が予定されている「精神障害の診断と統計の手引き」)が凄いことになっている。「精神病を脱構築する[Deconstructing Psychosis]」というDSM-V改定のための中間報告が出ており、そこでは統合失調症双極性障害、大うつ病性障害、ならびに物質依存性障害などの精神病を、カテゴリーではなく、ディメンションの見地から包括的に捉える試案が検討されているのである。
 以下の著作の加藤先生の「グリージンガーの単一精神病論の再評価と吟味――DSM-Vに向けて」から少し引用する。


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DSM-IVはネオクレペリニズムの旗印のもとに、統合失調症双極性障害にはそれぞれ別々の特定な生物学的基礎があるという前提に立って構想されてきたという経緯がある。ところが、分子遺伝子の最新の知見によってネオクレペリニズムは限界に突き当たり、DSM-Vが構想されている様子が窺えるのである。DSM-Vが向かっているところは(この点は作業委員会の議論には一言もでてきていないようだが)、E.クレペリンの体系に先行するW.グリージンガーの体系に他ならない。その意味で、来るべきDSM-Vは、ネオグリージンガリズムの性格をもつ可能性があることが考えられる。
(p. 15)

 これがなぜ興味を引くかといえば、精神病[psychose]の概念を分裂病だけでなく、双極性障害などにも広げて議論をするのは、ラカンによる精神疾患のカテゴリー分け(nevrose, psychose, perversion...)と合致する可能性があるからである。


 この問題については、今のところWeb上では「パキシル」のサイトが非常に有用であり、「DSM-Vに向けたJW Stewartらによる非定型うつ病の診断試案の評価と吟味」でも加藤先生による同様の論旨が閲覧できる。また、APA2007ハイライトの「DSM-V診断分類の臨床および研究状況におけるカテゴリーとディメンジョン」の項が参考になる。その中の精神病性の疾患のディメンジョン診断については、今のところこの件についての唯一の邦語Webリソースであろう。


 ところでグリージンガーとは誰か。彼はスネルと同時代(1817-1868)の精神科医であり、単一精神病理論の提唱者である。単一精神病理論とは、メランコリーやパラノイアなどのさまざまな狂気現象が実は一つの同じ疾患であり、その疾患の進行の段階に応じてそれぞれの病像を呈するとする理論である。要するに、「狂気は一つ」とする段階理論である。この理論はスネルによって批判される。以下の文献から、その様子(スネルの原典)を引用してみよう。


(……)ドイツの精神科医にとって最も一般的な見解は、モノマニーはメランコリーや躁病から発展した二次的な形態に過ぎない、ということである。
 私自身も長い間この見解を共有してきた。しかし、私は患者の病歴の中にこの見解の証拠を見つけていなかったため、おそらく観察者の目を逃れて、ひそかに進行していくメランコリーあるいは短期間しか続かない躁病がそれに先行していたのであろうと考えて自ら満足していた。しかし、この件は私にとって不満足であったので、モノマニーの病態因に接近するため、ますますの関心をもって観察可能であった躁病やメランコリーの経過をこの方法で追及していった。(……)この形態(モノマニー)は一次性に発生するという考えの方が納得がいく。事実その後ますます、モノマニーを基本形態として、メランコリーや躁病と同列に並べなければならないという確信に到達した。
(pp.176-177)

 ところが、今度のDSM-Vでは再び単一精神病論への回帰、「グリージンガーへの回帰」が起こるかもしれないのである。