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à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

ディラン・エヴァンス紹介

An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis

An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis

ディラン・エヴァンスは1966年イギリスの生まれ。アルゼンチンとロンドン(CFAR)で精神分析を学び臨床家となり、素晴らしい辞典である”An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis”を著すも、分析の有効性と正当性に疑問を持ち、臨床はやめられたそうです。最近は進化心理学に興味が移っている模様(以上オフィシャル・サイト http://www.dylan.org.uk/ より)。


”An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis”は非常に優れた辞典で、ラカンの概念を出典を明示した上でコンパクトに解説しています。出典がしっかりしているのでシェママの辞典より使いやすく感じます。こちらも翻訳が早期に出ることを望みます。最近英米圏のラカン派への言及が非常に多い宇波彰さんも紹介されています(http://uicp.blog123.fc2.com/blog-entry-16.html)。*1


また、この辞典の内容は、以下のWebサイトから、ほとんど原文そのままの形で読むことができます。
http://nosubject.com/


この辞典から、「恐怖症」「知を想定された主体」の項目を訳出しておきます。

恐怖症[phobia, phobie]
精神医学における恐怖症は通常、ある特定の対象(動物など)やある特定の状況(家に一人でいる等)についての極度の恐れとして定義されている。恐怖症に苦しむ人々は、恐怖症の対象に出会うのではないか、あるいは恐れられる状況におかれるのではないかという不安を経験しており、このようなことが起こることを防ぐための「逃避戦略」を開発している。この逃避戦略は非常に複雑なものになることがあり、主体の生活は極度に制限される。
フロイトによる恐怖症の研究への最も重要な寄与は、ハンス少年と名づけられた幼い少年についてのものである。ハンスは5歳になる少し前、馬についての強烈な恐怖をつくりあげ、町で馬に出会わないように外出する意思をなくすようになった。ハンスの症例研究において、フロイトは不安の最初の発現(この時点では不安はどのような対象にも帰属していない)と、後に起こる特異的に馬に焦点を当てた恐れとを区別している。つまり、後者のみが厳密な恐怖症を構成するのだ。不安はハンスと母親との関係によって生成された性的興奮の変形であり、馬はハンスを罰するのではないかと恐れた父親を代理しているとフロイトは言っている(Freud, 1909b)。
1956-7年のセミネールにおいてラカンはハンス少年の症例についての詳細な読解を行い、恐怖症についてのみずからの見解を述べている。
フロイトに従って、ラカンは恐怖症と不安との違いを強調する。すなわち、不安が最初にあらわれ、恐怖症は不安をある特定の対象に焦点をあてた恐れに変化させる一つの防衛的形成物なのだ(S4,Jb15/Fr207,Jb280-281/Fr407)。フロイトは恐怖症の対象を父親の代理とみなしたが、ラカンは恐怖症の対象がただ単に一人の人物を代理するのではなく、様々な人々を順番に代理していくということが恐怖症の対象の基本的性格であると言った(S4,Jb113-122/Fr283-8)。ラカンは、ハンスの恐怖症の様々な瞬間において、恐れる馬をハンスが描写する際の極度に多用なやり方があることを指摘している。例えば、ある瞬間ではハンスは馬がハンスを噛むのではないかと恐れているが、別の瞬間では馬が倒れてしまうのではないかと恐れている(S4,Jb144-145/Fr305-6)。この様々な瞬間の各々において、馬はハンスの人生における様々に異なった人物を代理しているとラカンは言っている(S4,Jb146-147/Fr307) 馬はこのように単一のシニフィエとして機能しているのではなく、単一の意味を持たず異なったシニフィエへと入れ替わりつつ移動されるシニフィアンとして機能している(S4,Jb121/Fr288)。
ハンスが恐怖症をつくりあげるのは、ハンスにとっての現実的父が去勢の執行者として介入することに失敗したからだとラカンは言っている(S4, Jb20/Fr212)。去勢の執行者はエディプス・コンプレックスにおける現実的父に固有の機能である。ハンスのセクシュアリテが幼児マスターベーションにおいてその姿を感じさせはじめたとき、前エディプス的三角形(母―子―想像的ファルス)はハンスの快楽の源泉ではなくなり、ハンスに不安を引き起こす何かへと変形する。現実的父の介入は、ハンスを象徴的に去勢することによってハンスを不安から救うはずだったが、この介入の不在のためにハンスはその代理物を恐怖症のなかに捜さなければならなくなった。恐怖症は想像的対象(馬)を使うことによってハンスの象徴的世界を再組織化し、想像界から象徴的秩序への以降を助けるものとして機能している(S4,Jb45/Fr230,Jb65-67/Fr245-6,Jb115/Fr284)。恐怖症は純粋に否定的な現象からは程遠く、たとえそれが暫定的解決に過ぎないとしても、象徴的次元を導入することによって外傷的状況を思考可能かつ住みやすくする(S4, Jb99-100/Fr82)。
このように、恐怖症の対象は、シニフィアンとして機能することのできる一つの想像的要素である。このシニフィアンは主体の世界のなかの可能な要素すべてを代理するために使われる。ハンスにとっての馬が代理しているものは、様々な瞬間において父親、母親、妹、友達、ハンス自身があり、そのほか沢山のものが加わる(S4,Jb146-147/Fr307)。「ハンスの恐怖症のシニフィアン的結晶」の周りで可能な順列のすべてをつくりあげる過程において、ハンス少年は彼の想像界から象徴界への移行を妨げている不可能性の全てを使い果たすことができ、そしてシニフィアン的等価性という手段によって、不可能を解決する方法を発見する(Ec519-520/E168「文字の審級」)。言い換えれば、恐怖症はレヴィ=ストロースが神話、特に社会的レベルの神話ではなく個人的レベルにおける神話に与えたのとまったく同じ役割を果たしているのだ。神話において重要なことは、分離された諸要素の「自然な」「原型的な」意味ではなく、それらの諸要素が特定のやり方で連結され再-連結される方法であり、要素の位置が変わっても位置どうしの関係は不変であるという方法である(Levi-Strauss, 1955)。この反復される同じ要素の再-連結は、不可能性の様々な形式を順番に分節化することによって、不可能な状況に立ち向かわせることを許すのだ (S4,Jb177/Fr330)。
恐怖症に苦しむ主体の治療についてのラカンの理論の実践的帰結とは何であろうか? それは(行動療法で行われているように)主体を脱感作することではなく、また単に恐怖症の対象についての説明(たとえば、「馬はあなたの父親です」など)を提供することでもない。治療は恐怖症のシニフィアンに関わる様々な順列を主体が徹底的にやりつくすことを助けることを目的とするべきである。主体がその法則にしたがって個人的神話をつくりあげることを助けることによって、治療は可能なすべてのシニフィアン要素の連結を最終的に使い果たすことができる。このようにして恐怖症は解決させられるのである(S4, Jb274/Fr402)(また、ラカンのハンス少年の症例についての議論は、子供の恐怖症に限定してなされており、このような考えが大人の恐怖症にも適用されうるのかという問題を残していることを心にとどめておきたい。)
フロイト自身が少年ハンスの症例研究で注目しているように、これまで恐怖症は精神医学の疾病論のなかで明確な位置を与えられていなかった。フロイトは恐怖症の分類にまつわるこの不確かさを取り除こうと試みたが、フロイトの提案した解決策はさまざまな曖昧さにとらわれている。一方では、恐怖症の症状は神経症的な主体にも精神病的な主体にも見つけられるために、恐怖症は「独立した病理的過程」のみなすことができないとフロイトは言っている (Freud, 1909b:SE X, 115)。しかし一方では、同じ著作においてフロイトは神経症のなかで、中心的システムが恐怖症であるという特定の形式を取る神経症を単離している。フロイトはこの新しい診断カテゴリーを、「転換ヒステリー」と区別するために「不安神経症」と呼んだ(「転換ヒステリー」とは、フロイトが以前には単純に「ヒステリー」と呼んでいたものである)。フロイトの見解はこのように曖昧なものであり、恐怖症が症状でもあり、基礎をなす臨床的単位でもあるかのような含みを持っている。同じ曖昧さがラカンの著作でも繰り返されており、恐怖症が症状なのか構造なのかという用語で言い換えられている。通常、ラカンは神経症の構造の二つを区別しており(ヒステリーと強迫神経症)、そして恐怖症は構造というよりは症状として記述している(S4,Jb117/Fr285)。しかし、ラカンの著作のなかには、恐怖症を、ヒステリーと強迫神経症に加えて神経症の第三の形式に数えているところもある、すなわち、恐怖症的構造があるということを暗に伝えているのだ(例えば、Ec823-824/E321「壊乱」)。1961年には、ラカンは恐怖症を「神経症のもっともラディカルな形式」として捉えている(S8,425)。この問題は1968-9年のセミネールで、ラカンが以下のように言うまで解決されない。

恐怖症のなかに臨床的単位をみることはできませんが、むしろ回転する中継点[plaque tournante]をみることができます。これは、それが普通向かう方向との関係を、すなわち神経症の二つの大きな秩序であるヒステリー・強迫神経症と倒錯との繋がりを実現する中継点を解明するに違いない何かです。
(Lacan, 1968-9, 1969/5/7-p.12, Chemama, 1993:210に引用)

このように、ラカンによれば恐怖症はヒステリーや強迫神経症と同じレベルで臨床的構造ではないが、神経症のどちらにもつながることができ、また倒錯の構造とも特定のつながりを持つ通路なのである。
倒錯とのつながりはフェティッシュと恐怖症の対象とのあいだの類似性にも見ることができる。これらはともに失われた要素の象徴的代理であり、ともに世界を取り囲む構造に役立つものである。さらに言えば、恐怖症と倒錯の両方が想像的前エディプス期の三角形から象徴的エディプス期の四者関係への移行における困難から起こる。
”An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis”, pp.145-148

知を想定された主体[subject supposed to know, sujet suppose savoir]

知を想定された主体[sujet suppose savoir](よくS.s.Sと省略される)は英語に翻訳しがたい用語である。シェリダンは、この用語を「subject supposed to know(知っていると想定された主体)」と翻訳し、この訳語はラカンに関するほとんどの英語の著作において踏襲されている。しかし、シュナイダーマンは、それは主体であって知ではなく、想定されるものであるという理由から、別の訳語である「supposed subject of knowledge(知の想定主体)」を推奨している(Schneiderman, 1980:vii)。
この語句は自己意識[Selbstbewuβtsein]が知るという行為それ自体において透明であるという幻影を指摘するために、ラカンが1961年に導入したものである(意識を見よ)。この幻影は、鏡像段階において生まれ、精神分析によって問題とされるようになった。精神分析は、知[savoir]はどのような特定の主体にも位置づけられることができず、実際は関主観的なものであることを明らかにした(Lacan, 1961-2:1961/11/15のセミネール)。
1964年には、知がある主体に起因すると考えることとして転移を定義したが、その際にこの語句が取り上げられた。「知を想定された主体がどこかにいるや否や、そこに転移があります」(S11,232)。この定義は、分析のプロセスを開始するのは、分析主体がある主体を知っている主体だと想定することであり、分析家が実際に所有している知ではない、ということを強調している。
「知を想定された主体」という用語は、分析家そのものを指示するのではなく、治療において分析家が体現するようになる機能を指示しているのである。転移が設立されたといいうるのは、分析主体によって分析家がこの機能を体現していると知覚されたときのみである(S11, 233)。ならば、分析家が所有しているとされる知とはどのようなものなのだろうか? 「それを言い表すや否や、そこから誰も逃れられないものを彼は知っていると想定されています――それは無条件に、意味作用[signification]です」(S11, J342/Fr228邦訳を改変) 言い換えれば、分析家はしばしば患者の言葉の隠された意味、そして話し手が気づいてすらいない会話の意味作用を知っていると考えられている。この想定(分析家は知っているものだという想定)のみが、それなくしては意味を持たない細部(偶然の仕草、曖昧な発言)に、「想定する」患者にとっての特別な意味を遡及的にもたらす。
治療のまさに最初の瞬間から、あるいはそれ以前に、患者が分析家を知っている主体として想定することが起こるかもしれないが、ふつうは転移が成立するまでにはいくらかの時間を要する。後者の場合では、「主体が分析に入ったとき、彼は分析家にこの〔知を想定された主体の〕位置を与えることからはほど遠い」(S11,233) つまり、分析主体は最初、分析家を道化師とみなしているか、分析家の無視を維持するために情報を与えないでいることがある。しかし、「疑問視された当の分析家に対してすら何らかの無謬性の信用のようなものがどこかで与えられてしまいます」(S11,J316/Fr212) 遅かれ早かれ、分析家のなんらかの偶然の仕草が分析主体によって、なんらかの隠された意図、隠された知の徴候として扱わるのである。この点において分析家は知を想定された主体を体現する。すなわち、転移が成立するである。
分析の終わりは、分析主体が分析家の知を脱-想定したときにやってくる。そして分析かは知を想定された主体の位置から転落する。
「知を想定された主体」という用語はまた、分析家の独特の位置を構成するのが、知への特定の関係だという事実をも強調している。分析家は自らに帰せられた知と自分自身のあいだには分裂があることに気づいている。言い換えれば、分析家は(分析主体によって)知っていると推測された人物の位置を占めているだけであるということに気がついていなくてはならず、自分に属せられた知を本当に持っているのだと勘違いしてはいけないのだ。分析主体によって彼に属せられた知について、自分は何も知らないということに分析家は気づいておかなくてはならない(Lacan, 1967:20)。しかし、分析過程の頼みの綱が想定された知であるという事実は、分析家が実際に所有している知よりも、それゆえ分析家が何も知らないことに満足することが出来るということを意味しない。反対に、分析家はフロイトを真似て文化、文学、言語学的な事柄の専門家にならなくてはならないとラカンは言っている。
ラカンはまた、分析家にとって分析主体は知を想定された主体であるとも言っている。分析家が分析主体に自由連想の基本的ルールを説明するとき、分析家は実際に「さあ、なんでも言ってください。すべては素晴らしいものになるでしょう」というのだ(S17,59)。言い換えれば、分析家は分析主体にすべてを知っているかのように振舞うように言い、それが分析主体を知を想定された主体として成立させる。
”An Introductory Dictionary of Lacanian Psychoanalysis”, pp.197-198

Web上でも色々と読めますが、ラカン派から進化心理学に移行した経緯ついては以下の論に詳しく書かれています。アルゼンチンやロンドンのラカン派や、アメリカでの(文芸批評での)受容のされ方についても書かれていますので参考になるでしょう。アルゼンチンでラカン派の臨床家になるのは簡単だが、ロンドンのCFARはわりと厳格とか。ラカン派をやめた理由は「臨床の現実がラカンの理論にあわない」から、そしてエヴィデンスがないからだそうです。ソーカルらの批判に対しても同調しているようです。
"From Lacan To Darwin", Dylan Evans
http://www.dylan.org.uk/lacan.pdf


このような漫画解説本も出しているようです。

Introducing Evolutionary Psychology

Introducing Evolutionary Psychology

おそらくこちらがその邦訳。タイトルが眩しいです。

超図説 目からウロコの進化心理学入門―人間の心は10万年前に完成していた (講談社SOPHIA BOOKS)

超図説 目からウロコの進化心理学入門―人間の心は10万年前に完成していた (講談社SOPHIA BOOKS)

"Emotion: The Science of Sentiment"も邦訳されています。

感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)

*1:そういえば、このblogで触れられているジジェクの”How to Read Lacan”は鈴木晶さん訳で今月出るようです(isbn:9784314010368:title)。ちなみにこのジジェクの著作は原文がhttp://www.lacan.com/blog/files/nov-2007.html から閲覧できます。