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à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

エクリからのメモ:Thomas S. Szasz

注1
Thomas S. Szaszは"Psycho-Analytic Training—A Socio-Psychological Analysis of its History and Present Status," IJP XXXIX(1958):598-613において、目的としての力は分析の教育を貶める要素の一つであると指摘している。
これと同じ目的の治療の方向性における効果について、私は昨年7月にロワイヨーモンでの会議で発表した論文〔「治療の方向性とその能力の諸原則」〕で訴えた。
(Lacan, E698「アーネスト・ジョーンズの思い出に」)

そのSzaszの論文のサマリー↓

Summary
この論文の目的は、精神分析のトレーニングシステムの進化についての社会-心理学的考察を提供することである。〔分析の〕教育が行われる教育機関と規則はゆっくりと変わっていく。しかし、ここ二、三十年のあいだに、精神分析の教育システムは甚大な変化を被った。分析の教育は短い期間の徒弟制度として始まり、複雑な社会的構造である現代のトレーニングシステムへと急速な変化を遂げた。後者〔の現代のシステム〕においては、システムとその代行者が候補生の決定と彼らの運命に対して大変大きな力を持っている。教育分析のシステムにおける心理学的暗示とこの社会学的変化の結果は、それにふさわしい注目を集めてはいないであろう。実際、精神分析のトレーニング(すなわち教育分析、セミナー、スーパーバイズ分析など)の内容を見てみると、教育システムの全体的構造を無視することは大きなミスリーディングなのである。それは伝統的な子供を育てる親の態度を彷彿とさせる。親が「正しいこと」をすべて「教え」、後になってその結果生じる人間の最終産物に怒り心頭となり「驚く」ということと比例しているのである。
「理論物理学者から、彼らが使っている方法について知りたいのなら、こういう規則でやるといい――彼らの言葉は聞いてはいけない。彼らの行為に注目するのだ」とアインシュタインは言っていた。教育の方法についての私たちの理解についてもこの規則が正当なものであるとしない理由があるだろうか?
Szasz, T.S. (1958). Psycho-Analytic Training—A Socio-Psychological Analysis of its History and Present Status17. Int. J. Psycho-Anal., 39:598-613

Thomas S. Szaszは反-精神医学的な著作『狂気の思想 Ideology and Insanity』『精神医学の神話The Myth Of Mental Illness』で有名なハンガリー出身の精神医学者。1920年ブダペストに生まれ、1938年にアメリカに移住、シンシナチ大学卒業後、ボストン、シカゴなどで精神分析の教育を受け、1956年よりニューヨーク州立シラキューズ大学精神科教授。一時期はIJPなどに分析の論文を出していたようで、ラカンがE698で引用しているのもその時のもの。「精神病院への強制入院の廃止を求めるアメリカ協会」の中核メンバー。
現在も存命で、執筆活動を行っている。
オフィシャルサイト(?)は以下↓
The Thomas S. Szasz Cybercenter for Liberty and Responsibility

その他、『精神分析の四基本概念』でも、サズの「The Concept of Transference—I. a Logical Analysis」がとりあげられている(Lacan, S11-J173-180/Fr120-126)。
『同一化』のセミネールでも、1/30、2/27にサズに関する発言がある。



狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学 (1975年)

狂気の思想―人間性を剥奪する精神医学 (1975年)


The Myth of Mental Illness: Foundations of a Theory of Personal Conduct (Perennial library)

The Myth of Mental Illness: Foundations of a Theory of Personal Conduct (Perennial library)


ちょうど社会学教室から『狂気の思想』を借りていて、目にとまったのでメモしました。論文は気が向いたら読みます。
サズについてはid:lacanian:20070418ここでやや触れました。