à la lettre

ラカン派精神分析・精神病理学に関するいろいろ

トマス・J・シェフ『狂気の烙印――精神病の社会学』#1

Thomas J. Scheff : Being Mentally Ill: A Sociological Theory(1966)
ASIN:B000J8I85M

第一章 どこに問題があるのか

「機能的精神障害についての莫大な数の研究が出されているが、この分野にはまた確固とした検証済みの知識体型というものはない。 ……現にある知識はといえば、臨床的かつ直観的なものであり、したがって科学的方法による検証のできないものなのである」(p.3)


例:精神分裂病研究の進歩のなさ(Jackson, D. D. "The Ethiology of Schizophrenia", p.4)


機能的精神障害のあらゆる研究領域において、

「系統的な研究が、〔機能的精神障害の〕因果関係の問題に解答を与えることに失敗しているだけでなく、問題それ自体が正しく定式化されていないのではないか」(p.5)
「精神障害の力動学のなかに社会的過程を組み入れそこなっている ……〔精神医学者が〕研究課題を定式化する際に用いられている概念モデルは、基本的に社会システムよりもむしろ個人に関心を置いている ……すなわちそれは個人の内部に位置づけられた力動システムである」(p.5)

精神医学者による研究モデル

・個人差や、個人の内部に位置づけられた力動を重視する
・社会的過程、社会システムは副次的役割となる


器質論/非器質論のどちらの立場の理論においても、社会システムの軽視がみられる。

例:精神分析理論
精神分析においては、神経症の起源は個人の外部にある。それは「あらゆる神経症の核」(Freud)としてのエディプス・コンプレクスを重視することにつながる。
フェニケルは、エディプス・コンプレクスの時点で子供の家族がおかれている社会的状況がその葛藤の解決の可否を決定する鍵としている(Fenichel, O. The Psychoanalytic Theory of Neurosis, p.108)が、社会的状況を神経症的葛藤の「引き金」としてしか見ておらず、個人の内部において完全に進展した精神分析的葛藤の中心ではない。
※分析の「重複決定」については、「理論構築における最近の発展と大変よくあっている」(p.10)としている

「(精神分析の)理論が定式化しているシステムがあまりにも狭すぎる ……精神障害の理解のためには欠かすことのできない社会的文脈の諸々の側面を考慮していない」(p.10)


精神分析の規定的なモデルは、個人の内部の神経症的葛藤という「病気モデル」
 ⇔ 対比として、下部構造に注目するマルクス主義の「社会システム的モデル」


最近の研究は、
伝統的な精神医学よりも社会的諸過程を強調しながらも、個人的側面を全面的には無視することのない接近法を転回し始めた。
例:社会学者ではレマート、エリクソン、ゴッフマン
  精神医学者ではサズ、レイン、エスターソン

バーンの社会システムモデルに基づいた「アルコール中毒の分析」(Berne, E. Games People Play)

「アルコール中毒の力動学がアルコール中毒者の動機づけや特性よりも、 ……〔アルコールを飲むにいたる社会的過程における人々の〕相互作用に関係がある ……アルコール行動は、対人的システムの欠くことのできない一つの部分としてのみ理解可能だ」(p.15)

アイゼンクの「学習理論」

「学習理論は、「無意識の原因」といったようなものを何も措定せず、神経症の症状を単なる学習された習慣とみなす。症状の背後に横たわる神経症などというものはなく、単に症状そのものがあるにすぎない。症状を取り除け。そうすれば神経症を根絶してしまうことになる」
(Eysenck, H. J. "Learning Theory and Behavior Therapy")

 ⇒ 現代の「行動療法」

ウルマンとクレイスナーの「不適応行動」に対する考え

「望ましい適応様式と望ましくない適応様式のあいだや「健康な」行動と「病的な」行動とのあいだには断絶は全くない」
(Ullmann L. P. and Krasner, L. "Case Studies in Behavior Modification")
「不適応行動は、一人の人物の生活における強化子を統制している重要な人びとによって不適当であるとみなされている行動である」(ibid.)


個人システムモデルを用いるとき、相対主義的な姿勢を維持することは大変難しい
例:サリヴァンは、精神医学的徴候を対人関係の障害と定義し、症状を患者の外部に移した
  しかし、その弟子は、精神病を対人関係という能力の欠陥として、症状をふたたび個人の中にもどした

「〔本書の〕ここでの議論の目的は、精神障害の社会システム・モデルのための基本的仮説を提供している九つを一組とする命題を述べることにある」(p.20)

精神障害の社会学的理論にとって決定的な重要な三つの問題
  1. 一つの文化のなかで多様な種類のルール違反が安定し等質的となる条件は何か
  2. 精神病の症状はどの程度同調行動の結果であるのか
  3. 精神病の一つの発現形態としての逸脱行動の定義に結びつく一組の一般的な条件依存性があるのか
その他の概念的道具立て
  1. 狂気という社会制度
  2. 残基的ルール違反(次章)
  3. 逸脱(次章)
  4. 精神病者の社会的役割
  5. 社会的反作用が否認とレッテル貼りのどちらへ二分化していくか